Hugging Face のブログに、AIエージェント界隈の用語を整理した記事が出ていた。
SergioとAritraという研究者が書いたもので、「scaffold」「harness」「agent」といった言葉の意味をひとつひとつ丁寧に解説している。
ICLR 2026という学会に参加した人が「harness と scaffold の説明、人によって全然違う」と感じたのがきっかけらしい。
デザインとは全然別の世界の話なのに、なぜか途中から読む手が止まらなくなった。
記事の中でいちばんおもしろかったのは、scaffold の定義だ。
モデルに対してどう見せるか、何を覚えるか、ツールをどう記述するか、それを束ねる層のことを scaffold と呼ぶらしい。
harness はその中でも「実際に動かす」実行層で、モデルを呼び出し、ツール呼び出しを処理し、いつ止めるかを決める部分。
ふたつは似てるようで役割が違う、という話なんだけど、読みながら正直、自分のデザインの仕事と重なって見えた。
Midjourneyで画像を生成するとき、私がやっているのも scaffold に近い作業じゃないか、と。
どういうキーワードを入れるか、どんな参照画像を添えるか、どのスタイルを指定するか。
そういう「モデルへの見せ方の設計」こそが私の腕の見せどころで、出力そのものではない。
それでいいと思っていたし、今もそう思っている。
ただ、じゃあ私がやっている scaffold の部分も、いつかツール側が自動でやるようになったら?という不安が、ちょっとだけ顔を出した。
記事には、エージェントの説明でこんな一文がある。
「環境はアクションを受け取り、新しい観測を返す。そのループが繰り返される」というもの。
ClaudeやCodexのようなツールは、この自律的なループを前提に設計されているという。
これを読んで、ちょっと怖くなった。
AIが自律的に判断して、ループし続ける。止める判断もAI側が持つ。
デザインに置き換えると、バナーを「もっと良くして」と指示したら、勝手に修正を繰り返して、最終的にまったく別物になっている、という未来が頭に浮かんだ。
パートナーに話したら「それって怖いね、でも便利そう」と言われた。
どっちにも正直、反応できなかった。
今の自分はAdobe Fireflyを使って素材を補完したり、Midjourneyでムードボードのベースを作ったりしている。
あくまで自分が決める。ループさせない。
人に渡す前に自分でいちど止める、という使い方を守っている。
でも記事を読んで、「止める判断」こそがクリエイターの仕事なのかもしれないとも迷った。
harness を設計する人が、いつ止めるかを決める、とあった。
私にとっての harness は、自分自身の審美眼なのかもしれない。
こういう技術系の記事は正直、途中で読む気がなくなることが多い。
でも今回は最後まで読んだ。
理由は、用語の整理が自分ごとに感じられたからだと思う。
model / scaffold / harness / agent と分けて考えると、自分がAIツールのどの層に関わっているのかが少し可視化される。
私はモデルを使っている。scaffold の一部を担っている。でも harness の設計には関与していない。
そこまで考えたことがなかった。
整理するとシンプルなんだけど、なんか悔しいような、ほっとするような、迷う気持ちが残る。
自分が消えないのは scaffold の部分に個性があるからだ、と信じていた。
その信念は今も変わっていない。
ただ、harness の設計も学べたら、もう少し主体的にツールと向き合えるのかもしれない。
とりあえず今週、Claude Code のドキュメントを読んでみる。
デザイナーが読んでいい文書かはわからないけど、scaffold と harness の区別を自分の手で感じてみたい。
SergioとAritraという研究者が書いたもので、「scaffold」「harness」「agent」といった言葉の意味をひとつひとつ丁寧に解説している。
ICLR 2026という学会に参加した人が「harness と scaffold の説明、人によって全然違う」と感じたのがきっかけらしい。
デザインとは全然別の世界の話なのに、なぜか途中から読む手が止まらなくなった。
「scaffold」という言葉に引っかかった
記事の中でいちばんおもしろかったのは、scaffold の定義だ。
モデルに対してどう見せるか、何を覚えるか、ツールをどう記述するか、それを束ねる層のことを scaffold と呼ぶらしい。
harness はその中でも「実際に動かす」実行層で、モデルを呼び出し、ツール呼び出しを処理し、いつ止めるかを決める部分。
ふたつは似てるようで役割が違う、という話なんだけど、読みながら正直、自分のデザインの仕事と重なって見えた。
Midjourneyで画像を生成するとき、私がやっているのも scaffold に近い作業じゃないか、と。
どういうキーワードを入れるか、どんな参照画像を添えるか、どのスタイルを指定するか。
そういう「モデルへの見せ方の設計」こそが私の腕の見せどころで、出力そのものではない。
それでいいと思っていたし、今もそう思っている。
ただ、じゃあ私がやっている scaffold の部分も、いつかツール側が自動でやるようになったら?という不安が、ちょっとだけ顔を出した。
「ループが止まらない」怖さ
記事には、エージェントの説明でこんな一文がある。
「環境はアクションを受け取り、新しい観測を返す。そのループが繰り返される」というもの。
ClaudeやCodexのようなツールは、この自律的なループを前提に設計されているという。
これを読んで、ちょっと怖くなった。
AIが自律的に判断して、ループし続ける。止める判断もAI側が持つ。
デザインに置き換えると、バナーを「もっと良くして」と指示したら、勝手に修正を繰り返して、最終的にまったく別物になっている、という未来が頭に浮かんだ。
パートナーに話したら「それって怖いね、でも便利そう」と言われた。
どっちにも正直、反応できなかった。
今の自分はAdobe Fireflyを使って素材を補完したり、Midjourneyでムードボードのベースを作ったりしている。
あくまで自分が決める。ループさせない。
人に渡す前に自分でいちど止める、という使い方を守っている。
でも記事を読んで、「止める判断」こそがクリエイターの仕事なのかもしれないとも迷った。
harness を設計する人が、いつ止めるかを決める、とあった。
私にとっての harness は、自分自身の審美眼なのかもしれない。
言葉が整理されると、自分の立場も見えてくる
こういう技術系の記事は正直、途中で読む気がなくなることが多い。
でも今回は最後まで読んだ。
理由は、用語の整理が自分ごとに感じられたからだと思う。
model / scaffold / harness / agent と分けて考えると、自分がAIツールのどの層に関わっているのかが少し可視化される。
私はモデルを使っている。scaffold の一部を担っている。でも harness の設計には関与していない。
そこまで考えたことがなかった。
- モデル:ChatGPT / Midjourney / Adobe Firefly
- scaffold:私のプロンプト設計・参照画像・スタイル指定
- harness:ツール側が持っている(私は触れていない)
整理するとシンプルなんだけど、なんか悔しいような、ほっとするような、迷う気持ちが残る。
自分が消えないのは scaffold の部分に個性があるからだ、と信じていた。
その信念は今も変わっていない。
ただ、harness の設計も学べたら、もう少し主体的にツールと向き合えるのかもしれない。
とりあえず今週、Claude Code のドキュメントを読んでみる。
デザイナーが読んでいい文書かはわからないけど、scaffold と harness の区別を自分の手で感じてみたい。